社会福祉法人青木会

お知らせ


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投稿者 : office 投稿日時: 2010-01-13 12:35:52 (923 ヒット)

寒い地域の方から見れば、なんてことのない冬の風景なのでしょうが・・・、私にとっては大雪です。

 

九州地区の高速道路は、軒並み通行止め。

本日の最高気温は3℃の予想。私にとっては、外に出てこの写真を撮るのが目一杯です。

寒っむ~。

 

末社に雪だるまが「奉納?」してありました。

寒いのに、子供達は強い。


投稿者 : office 投稿日時: 2010-01-13 12:22:48 (1009 ヒット)

平成22年の恵方(幸運をもたらす方角)は、西南西(8時30分の方向)です。

1月4日夕刻、社務も一段落ついたところで、恵方にあたる佐賀県武雄市に鎮座する「武雄神社」にお参りに行くことにしました。

 

この御神木の樹齢は、推定3000年とか・・・。

荘厳な雰囲気が漂っています。

「今年も、国が安寧でありますように。」

 

 

 

1月11日午後、青木天満宮の本宮である、太宰府天満宮にお参り致しました。

本日は成人の日ということもあり、多くの人で賑わっておりました。

「本年も、日本国民すべてが幸せでありますように。」


投稿者 : office 投稿日時: 2010-01-13 10:43:20 (958 ヒット)

あけまして おめでとうございます
旧年中は大変お世話になりました。
本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。


さて、現在の社会情勢を見た時、バラ色の未来図を描く事ができない自分がいます。不安が先に立ち、厳しい未来予想図をついつい描いてしまうのです。
暦によると、平成二十二年(庚虎)の運勢は、政治は難しい政局が続き、天候は台風襲来の暗示があるとか・・・。本年は「溶解」がカギとなる年だそうです。
我慢の一年になりそうですが、このような厳しい時代だからこそ、暖かい「人の和(絆)」が重要であると心得ます。(これだけは絶対に溶解させないように・・・)


今後とも、御交誼をよろしくお願い申し上げますと共に、末筆ながら、皆様の益々の御健勝・御繁栄を、心より御祈念申し上げます。


 平成二十二年 元旦


投稿者 : office 投稿日時: 2009-12-27 13:26:24 (947 ヒット)

本日、池田様に「門松」を奉納していただきました。

 

奥様と二人で山に入り、自ら縁起の良い松竹梅等を調達して来られた、正真正銘の「手作り」です。

 

芸術ですよね! 

毎年毎年、立派な門松を御奉納いただき、ありがとうございます。歳神様は、さぞかしお喜びのことと存じます。

 

門松は松飾りとも呼ばれ、お正月に歳神様をお迎えする「依代」です。

1月7日の松の内まで飾るところが多いようですが、青木天満宮では1月15日の小正月までお飾りしようと思います。

 


投稿者 : office 投稿日時: 2009-12-14 16:10:31 (1219 ヒット)

12月2日、神道青年全国協議会顧問会のため、東京に出向してまいりました。

会議時刻までを利用して、神社めぐりをすることに・・・。

 

 

まずは鎌倉「鶴岡八幡宮」へ。

鶴岡八幡宮は、康平6年(1063)源頼義が奥州を平定して鎌倉に帰り、源氏の氏神として出陣に際して御加護を祈願した京都の石清水八幡宮を由比ヶ浜辺にお祀りしたのが始まりです。
その後、源氏再興の旗上げをした源頼朝公は、治承4年(1180)鎌倉に入るや直ちに神意を伺って由比ヶ浜辺の八幡宮を現在の地にお遷しし、 建久2年(1191)には鎌倉幕府の宗社にふさわしく上下両宮の現在の姿に整え、鎌倉の町づくりの中心としました。
現在の御本殿は、文政11年(1828)、江戸幕府11代将軍徳川家斉の造営による代表的な江戸建築で、若宮とともに国の重要文化財に指定されています。(鶴岡八幡宮ホームページより抜粋)
 

 

 

次に明治神宮へ。

 明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后が御祭神です。
内・外苑一帯にわたって鬱蒼と茂った緑したたる常磐の森は、神宮御鎮座にあたり、全国から献木されたおよそ10万本、365種の人工林で、面積は70万平方メートル、国民の心のふるさと、憩いの場所として親しまれています。
初詣は例年日本一の参拝者数を集める神社としても知られます。そのほか、加藤清正が掘ったと言われる清正の井や明治天皇のおぼしめしにより昭憲皇太后のために植えられた、美しい花菖蒲など、多くの見どころがあります。
明治45年7月30日に明治天皇、大正3年4月11日には昭憲皇太后が崩御になりましたが、国民から御神霊をお祀りして、御聖徳を永遠に敬い、お慕いしたいとの熱い願いが沸き上がり、大正9年11月1日(1920年)に両御祭神と特にゆかりの深い、代々木の地に御鎮座となりました。(明治神宮ホームページより抜粋)

 

 

そして、靖国神社。18時を過ぎてしまったので、閉門されていました。

靖国神社は、明治2年(1869)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた東京招魂社が始まりで、明治12年(1879)に「靖国神社」と改称されて今日に至っています。

靖国神社は、明治7年(1874)1月27日、明治天皇が初めて招魂社に参拝された折にお詠みになられた「我國の為をつくせる人々の名もむさし野にとむる玉かき」の御製からも知ることができるように、国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された神社です。「靖国」という社号も明治天皇の命名によるもので、「祖国を平安にする」「平和な国家を建設する」という願いが込められています。

靖国神社には現在、幕末の嘉永6年(1853)以降、明治維新、戊辰の役(戦争)、西南の役(戦争)、日清戦争、日露戦争、満洲事変、支那事変、大東亜戦争などの国難に際して、ひたすら「国安かれ」の一念のもと、国を守るために尊い生命を捧げられた246万6千余柱の方々の神霊が、身分や勲功、男女の別なく、すべて祖国に殉じられた尊い神霊(靖国の大神)として斉しくお祀りされています。(靖国神社ホームページより)
 

 

最後に、顧問会の会場である、東京大神宮にお参り致しました。

江戸時代、伊勢神宮への参拝は人々の生涯かけての願いでした。明治の新国家が誕生すると、明治天皇のご裁断を仰ぎ、東京における伊勢神宮の遥拝殿として明治13年に創建された東京大神宮は、最初日比谷の地に鎮座していたことから、世に「日比谷大神宮」と称されていました。関東大震災後の昭和3年に現在地に移ってからは「飯田橋大神宮」と呼ばれ、戦後は社名を「東京大神宮」と改め今日に至っております。
(東京大神宮ホームページより抜粋)


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